双極線のもたらす世界

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

むちゃくちゃ面白いです。虐殺器官も傑作でしたが、勝るとも劣らない。投げかけるメッセージに、ロジックの構築、文章の力。どれをとっても素晴らしい。

所謂、ディストピアもの。この作品をユートピアものとして捕らえる人とは友達にはなれそうにない。行き過ぎた統制は我々にとってなにをもたらすのか。幾度もなく書かれてきたテーマであるが、この作品はディストピアでもたらされるものとして社会ではなくもっと深く精神、ないし意識といった問題を扱うこと。光瀬なんかも書いたテーマであるけど、その掘り下げ方は度肝を抜かれるほど。


いくつかの疑問はなくはない。そもそもこのHTMLファイルはどこからやってきたのか。トァンはDummy Meを入れている以上、データバンクには嘘のデータしか入っていないはず。自身に記憶装置があればそこに保存している可能性はあるがそんな大事な描写はなかった。一つ考えられるのが、トァンが事件後自ら協力して編纂したということ。これはこれで前の理由でどこまで脳の状態を再現できるのかというのが問題。
もう一つ、最後の選択は生物的にどうであるのか。これは生物の多様性とは真っ向から反すると思うのだよ。それは可能性を摘むということ。確かに、この構造は変わっていかなければ問題はない。たとえ変わったとしても科学において解決出来ればそれでよい。しかし、進化の過程で獲得した双極線のお陰で助かったことも事実。次にこの機会が訪れる時、人類はなにをするのだろうか。