双極線のもたらす世界

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

むちゃくちゃ面白いです。虐殺器官も傑作でしたが、勝るとも劣らない。投げかけるメッセージに、ロジックの構築、文章の力。どれをとっても素晴らしい。

所謂、ディストピアもの。この作品をユートピアものとして捕らえる人とは友達にはなれそうにない。行き過ぎた統制は我々にとってなにをもたらすのか。幾度もなく書かれてきたテーマであるが、この作品はディストピアでもたらされるものとして社会ではなくもっと深く精神、ないし意識といった問題を扱うこと。光瀬なんかも書いたテーマであるけど、その掘り下げ方は度肝を抜かれるほど。


いくつかの疑問はなくはない。そもそもこのHTMLファイルはどこからやってきたのか。トァンはDummy Meを入れている以上、データバンクには嘘のデータしか入っていないはず。自身に記憶装置があればそこに保存している可能性はあるがそんな大事な描写はなかった。一つ考えられるのが、トァンが事件後自ら協力して編纂したということ。これはこれで前の理由でどこまで脳の状態を再現できるのかというのが問題。
もう一つ、最後の選択は生物的にどうであるのか。これは生物の多様性とは真っ向から反すると思うのだよ。それは可能性を摘むということ。確かに、この構造は変わっていかなければ問題はない。たとえ変わったとしても科学において解決出来ればそれでよい。しかし、進化の過程で獲得した双極線のお陰で助かったことも事実。次にこの機会が訪れる時、人類はなにをするのだろうか。

宇宙開闢

NOVA 3読みました。このSFが読みたいでは2の評価が高いみたいだけど、私は2はイマイチだと感じています。1はかなりレベル高いのにって落胆した覚えが。そんなことを引きずって、後発読んでなかったのですが、ようやく読む気になりました。

2は何が何だかよく分からない物しか無かった一方、3はかなりSFしています。ハードなところからソフトなところまでよりどりミドリ。個々の作品の質も高いです。
長谷や瀬名なんかの観念的なもの、一水や谷の王道、とりちぇんちぇや浅暮のバカSFと並べてみるだけでもワクワクするラインナップ。特に長谷の日本的な家族のしがらみ脱却をミームを絡めて書いた『東山屋敷の人々』は、東のようなメッセージ性ながらも面白い。瀬名先生の『希望』ももう少し読みこめば、新しいなにかが見えてきそう。

あと円城はあいかわらず円城でした。

今年のSF短編傑作集にもはいる『メデューサ複合体(コンプレツクス)』も、ここに入っていたりします。王道な感じですが、落とし方がああ・・・まあそうだよね。と予測の範囲を出なかったのが残念。丁寧で秀作って感じはしますけどね。振動って言われてタコマ橋ってきたらまたあれかって思ってしまうクラスタです。

芋づる式テーマ

魚舟・獣舟 (光文社文庫)

魚舟・獣舟 (光文社文庫)

読みました。傑作だと思います。短篇集ですが、内容が詰まっていて「これって本当に短篇集?」って疑いたくなるほどです。なんでだろうなーとは思っていたのですが、恐らく大きなテーマがあってそこにぶら下げていく小さなテーマってのがいっぱいある。ここがポイントなんじゃないかと。大きなテーマを読もうとしていると小さなテーマが出てきて、その小さなテーマを読み解くためにまた頭をつかう。あまりやる過ぎるとただの思い小説なのでしょうが、そう思わないってことはストーリーに魅力があるか、読者の視点の誘導が上手いのかといってところでしょうか。

後、部会で最近のSF作家って家族嫌い?って話を出しました。

めぐる宝石

最近更新がなかったのは、普通に忙しかったからです。一週間に書く量じゃないレポートを書いてました。あのさ、いまさら機械語でプログラムさせるとかマゾなのって言いたくなるよね。

さておき。部会用に読んだこちら

アーシュラ・K・ル・グィンのロカノンの世界。SFの女王と言われるくらいの有名な人ですが、世間にはゲド戦記の作者としてのほうがなじみあるでしょうね。ゲド戦記は紛れもないファンタジーなので、この人は根幹にはファンタジーがあります。それをSF風に味付けするのがこの人。イーガンみたいなSF読みたい人には向かないよね。

この作品もファンタジーです。民俗学者であるロカノンが文明が存在する惑星に調査をしにいくという筋です。最初は、惑星についてのデータがざらっと出してくるので、ファンタジー世界をSF的な解釈をもって表現する物語だと思っていたらそんなことなかった。なのでSFではなくファンタジーとして読むべきです。

そう思えば、世界観の構築は非常に繊細でよく出来たものだと思います。しかしですね。ファンタジーに冒険活劇を求める人にはお勧めできません。あくまで淡々と出来事が描かれているのがこの小説です。心情描写は最低限で、世界観を描くことに終始している。そして善なるものが悪を倒すといった爽快感あふれるものではない。そのには何かしらのメッセージがあって単純なものではなくなっている。この人の凄いところは世界観自体にメッセージを込められることだと思います。そのなかで何がどう動こうと関係の無い一貫したもの。そこらへんを読み取るのが一番楽しいかもしれません。

あと、オチのつけ方が上手だと思います。生臭い話から、寓話的な話に持って行っている。ロカノンと宝石。物語の中では意味をなさない挿話が、ラストになって一挙明らかになる。単純ですが上手い見せ方です。

プリミティブなエレクトロニクス

Private/Public

Private/Public

なぜか今頃、タワレコのおすすめに挙がっていたので購入。
最新作である、Tai Rei Tei Rioの二年前に発売された物。もっと前のライブ音源なんだけどね。

前の記事で高木正勝ライブマンなんじゃないかって書いたけど、間違ってはなかったね。この人はライブのほうが良いピアノを弾きます。エモーショナルで、惹きつけられるような音色。ピアノ以外も音を聴かせるようなものが多い。ストリングの音、加工した人の声、それぞれが印象深く染み渡るように心地良い。

私はTai Rei Tei Rioをあまり評価していないのですが、それはあまりに民族音楽に傾倒されていていて高木正勝エレクトロニカな良し味が出ていないという理由です。で、この作品でも民族音楽的な部分が確かにあった。ああ、このころなのかな。民族音楽があからさまに音楽になるのはと。
昔から民族音楽に少なからず影響を受けていたことはわかるのだけど、それが表面的に音楽に出てくることはあまりなかった。ううむ。次回作はどうなるのかな。

センス・オブ・ワンダー

しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)

しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)

流石はイーガンと唸る程の出来。
とは言っても長編は読んだこと無いヘタレSF読みだけど。

九つ短編それぞれがSFマインドに溢れ、かつ思弁的。語りかけてくる本というのはこんな本のことを指すのであろう。科学の素晴らしさ、そして脆さを端的に伝えてくれる。

ハラハラした展開に手に汗握る、闇の中へ。信仰が産む狂気、道徳的ウイルス学者。探偵もの、チェルノブイリの聖母。なぞの量子サッカー、ボーダーガード。人為的にもたらす幸せの存在、幸せの理由。どれも切り口は異なり多彩に思えるのに必ず着地点は同じところに持ってくる。あとがきでも同様のことが書いてあるが、これは真に思える。

ものを読み考える。単純でいて一番面白みのあることだ。

欠損と娯楽

せっかくなので今敏監督の映画版も観ました。映像としてはすごい面白い表現だと思うよ。夢の仲というなんでも有りな世界をほどよく狂ったものとして出力している。セリフ回しから、夢の動き、爽快感も相まって観ている分には楽しい。原作のような濃密すぎる人間関係もオミットされているので気軽に観れる。

細々としたものたちの更新シーンは圧巻。そこに人間が混ざってさらに壊れた秩序の描写は惚れ惚れする。

ただあれだよね。今敏監督は、原作のあらすじ以外は踏襲しないって言ったみたいんだけど本当にそうなのかってのが疑問。私的には筒井オマージュに満ちた作品に見えてしまう。特にラストのわけわからなさ。結末の投げっぷりと、これやったら面白いだろって感覚が筒井みたい。科学技術の房総というテーマもやんわりとしているだけだし、そこに新しいメッセージが加わっているわけではないってのもそう感じさせる原因であるとも思う。

面白くないわけじゃないんだけど、この監督何考えてたんだろうなってのがイマイチ靄があって入り込めないのよね。

ああ、音楽は平沢進だけどなぜか沖縄音楽調にしている。なぜかな。そもそも平沢進あんまり好きじゃないんだけど。