意思伝達、質量が突く

アッシー君に喜多方に連れていってもらいました。

・光の栞
ロマンチックこのうえない作品。描写と相まって鳥肌もの。人間の細胞を使った書物というのは極めてロマンチックだと思わないですかね。本自体が生き物で呼吸する。世界とつながって我々に語りかけてくる。ひとつだけの本。伝記より雄弁に語るもの。
いや、ここまでロジカルなロマンティックは始めてです。本を装丁する描写も事細やか。そのに内包されるものが、まるで宇宙を加工するかのように壮大で繊細。なんて言葉を尽くしても語り切れないほどです。
年間ベストSF短編集の結晶銀河にも収録されているので是非読まなければいけません。

・希望
これですよね。NOVAにも収録された作品であり、メッセージが詰まった作品。難解ではあるけど、訴えかけてくる。人によっては読みにくい。ちょっとした破綻もあるように思えるのだが、書き手を想像するとなかなかに深い。
最初に読んだ時は、てっきり重力、質量に特別な意味を見出してそれを伝える話だと思ったのです。しかし、瀬名先生の講演でシンパシー・エンパシー・コンパッションという話を聞いて、私の勘違いだとわかりました。その中でのエンパシーというのが本質で重力質量は媒体でしかないのです。媒体に意味があるのではなく、それにより伝えられるものに意味がある。そんな単純なことを見落としていました。それを踏まえれば、筋の通る話です。
作中にはキューを突くという表現があります。これは他人に影響を与えうる行為にことを指すもの。物語序盤では、それがいかにも重力と質量。それに付随する慣性だと書かれているように書かれている。でも、最後の最後で質量のないものがキューを突く描写がしかとある。これは、主人公の思想の変異とみればなにも問題はないのですが、その可能性は極めて低いと思います。仮にそう見ると結局、キューを突くのは質量ではないということになる。しかし、事実としてそれはない。そこで、エンパシーの物語だとすればすんなり解決がつく。
主人公がもつのはシンパシーではなくエンパシーの能力です。その媒体が、重力だったのが父親に欠けた言葉を撃った瞬間から、その重力から解放されてしまった。それは、悪魔や神なんてものにまでエンパシーするほどになり他人にも伝染する。残念ながら、その未来は書かれないのですが、それは我々の課題なのでしょう。
これが今のところの結論。まだ私だけの話なので突っ込み大歓迎です。さらに練っていきたい。そう思わせる魅力があります。
この短編はそれだけでなくヒッグス粒子などのSF者を魅了するような話や科学者の美的センスという点にも言及されいるもの面白いですよね。このエンパシーの話のほかにも、科学の変遷という瀬名先生得意のテーマも存分に味わえます。
静かな恋の物語の感想でも言ったような気がするのですが、科学者の美的感覚についてオッカム剃刀のようにシンプルな数式や法則に美的センスを感じるという話に対して、それはただの偶然であった本質は混沌なのではないかということ。この希望では、フィッツジェラルドという麗しい科学者がその美的感覚を破壊していく。科学で解明されることのちっぽけさ。それを自覚せず狂乱する科学者の滑稽さ。そんな話です。フィッツジェラルドという象徴はそれを自覚しながら追い求める物だと思います。多少私情を挟んだ解釈なのは否定しません。
計劃を継ぐと言われるのもこの作品の故だと感じます。そのくらい力がある作品です。

その他にも魅力のあるテーマが散りばめられています。山田正紀の言うように魅力のあるテーマを中編にまとめたものが一番面白いという理論を実践したような感じ。しかし、それを解明するにはもっと読み込みと経験が必要だという気がする。長い付き合いになりそうです。

非常に雑多、気ままに書きすぎた感は否めないですがこんなもので、その集大はレジュメに反映されるでしょう。読んで損はないし、バライティに富んだ短篇集です。人により新たな叙情感が見えてくるように思えるかもしれません。あくまで工学家からの視点だというのは否定しませんが、それのみならず万人に知ってほしいものです。