浮く沈む堕ちる昇る

Alisonをヘビロテするくらいの状態。

人間失格 3 (BUNCH COMICS)

人間失格 3 (BUNCH COMICS)

ついに完結。古屋兎丸人間失格
ヨシ子との結婚生活から薬物中毒まで書かれています。ここまでずっと原作に忠実に描かれていたのが一転してオジリナルな取り組みが見受けられます。現代に齟齬が無いようにこうなったとも考えられますが、それにしては古屋兎丸の色が出ていると考えます。

まず葉蔵とシズ子の関係。これは現代っぽいですよね。別れた女性の元に顔を出すってのは。葉蔵にとっては壊したくなかった家庭ですから、会うときには道化になっています。自然とは難しくなっているのかお酒まで飲んで。

まあ、それよりもヨシ子の強姦事件の後ですよね。原作では事件後ヨシ子が自殺に走るがそれを越す形で葉蔵が自殺未遂をするといった流れですが、こちらではまだ夫婦生活が暫く続きます。これはヨシ子(漫画だと佳乃でしたね)は葉蔵を信頼しているということ、そして葉蔵も極端にヨシ子を当座けていないことが理由であり、原作との相違です。強姦から助けてくれなかった葉蔵をまだ慕っている。この点でヨシ子は信頼の天才ではありますが、葉蔵以外の人間への信頼を無くしてしまったのが嫌だと葉蔵は思っています。原作では一重にヨシ子を信頼できなかった葉蔵の悲劇だったのが、少し違ったものを帯びてくる。根幹は似ているように思えますが、ヨシ子が葉蔵を信頼し続けるという事実はかなり大きなことではないでしょうか。なにより、葉蔵がヨシ子の信頼に応えようとするシーンもある。この後は原作通り薬物中毒になりますが、ヨシ子とは一緒です。ヨシ子を売ろうと思うけどとどまる。それどころかやり直そうという言葉が出てくる。少なくとも葉蔵はヨシ子を心底嫌っているわけではないということでしょう。逆に言えばヨシ子が葉蔵と人間の繋がりをもつ唯一のパイプであるというわけです。最後の最後は父親の財産が入ったが故に薬を止められずに、ヨシ子は親に引き戻されてしまうのですが。でも、ですよ。葉蔵はパッパラーになりながらもヨシ子を取り戻したいと思う。人間でいたいと思う。でも、そこまで甘くはない。

こんなところから、古屋兎丸版のオリジナルなメッセージは「原作では人間嫌いでも人間であろうとした。でも無理だった。現代では人間を好いていてさえ人間でいられない。」と読みました。なので、この漫画は原作より絶望的であると見ます。しかし、あとがきでは原作よりも希望があるものにしたと書いてある。これは如何に。

その後の展開は、病院送りになった葉蔵は施設からも脱走し消息が不明である。といったところで記録を見ていた漫画の中の古屋兎丸が取材に出かける。なにもつかめないまま、帰路につくがその途中白髪の年寄りがゴミ捨て場にいる。というシーンで幕を閉じます。もちろん、その年寄りは葉蔵でありまだ30にも満たないはず。

さて、ここから古屋兎丸はなにをもって希望としたのか。原作の希望はママの言葉に体現されます。「あの子は神様みたいないいこだった」。この言葉は取材に出た古屋兎丸も聞いています。それと結末から考えると、神様みたいないいこの葉蔵が永遠となったとも解釈できる。ように忘れ去られることによる、美化とも言えなくもないでしょう。しかし、これは希望なのか。もうひとつ考えがあります。先にも言った、葉蔵が人間を好いているということです。好いていても生きていけない世の中でも葉蔵は少なくとも一人の人間を好くことができた。そしてそれを貫いた。見返りはないです。葉蔵は忘れ去られる存在です。世の中はいつでも辛いものです。でも、人を好いていることはできる。
…と読むのは自称博愛主義者だから故でしょうか。