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期待期待超期待

拡張幻想がなかなか素晴らしいので感想でも書こうかと。

ネタバレ?・・・・あるよ。


・宇宙でいちばん丈夫な糸 小川一水

カーボンナノチューブについての話だけど、別段それに限ったことじゃなくて広い意味での技術について書いているように思います。それを綺麗な物語としてまとまっているかと。最近とやかく言われているけど、このくらい技術って凄んだぜ!というを観てると嬉しくなりますよね。

・5400万キロメートル彼方のツグミ 眉村卓

発明者♂と宇宙探索機♀?とのボーイ・ミーツ・ガール。この手の話久しぶりで逆に新鮮な気分になった。忘れてたけど本当はこういったの好きなんですよ。
でも、はやぶさの打ち上げ突入をリアルタイムで見ていた人に向けたところが大きすぎて一般的なボーイ・ミーツ・ガールにはならないんだろうなぁというのが悲しいですね。

・交信 恩田陸

はやぶさを知っている前提で読まないと辛いのでは。ただ、知識さえあればたった1ページでも華やかで輝かしいものを見て取ることができるのではないでしょうか。


・巨星 堀晃

小松力が足りない。
ただジュピターを感じます。

・新生 瀬名秀明

小松力が圧倒的に足りない。


・Migthy Topio とりちぇんちぇ

ギャグっぽくさらっと描いてしまうのは流石です。
この手の話はいろいろあるかと思います。ただ今まで未来の象徴であったアトムの持つ意味がガラっと変わってしまったというのは複雑な心境ですよね。

・神様2011 川上弘美

教科書に乗っていた神様のリメイク。私も小中どっちか忘れましたが教科書に載っていたことを覚えています。とても大胆なことしたものだなぁと。
思いっきり原発の話なんですが、観点がそこで生きていく人達になっているので角の立たないものになっていると感じます。
 
・いま集合的無意識を、 神林長平

フィクションの持つ力を説き計劃に心配するなと言い放つ。そして新たな問題として暴走するフィクションを提示する。その姿には感動を覚えるほどです。
私も古い人間なのでしょう。計劃の打ち出した知性と意識の独立を受け入れたくないと感じる一方、それが正しくないとも言い切ることも出来なかった。そんなところに一石を投じたそんな作品。

・美亜羽に贈る拳銃 伴名練

計劃トリビュートで読んだので、再読はしてないんですよね。
他のブログさんで名前からわかるように計劃トリビュートですって紹介されていたんですが、名前だけだったらカジシンの美亜に贈る真珠が真っ向に出てくるだろうとのたまうのがカジシンファンの思考。
で、計劃トリビュートで読んだ時にはいやぁこれはなかなかおもしろいと思っていたのですが、計劃トリビュートとしてというより普通の作品としておもしろいと感じたのを覚えています。

・黒い方程式 石持浅海

NOVAでも石持浅海の作品を読んだんですが、ちょっと飛んでるなかに日常ふんだん盛り込んでいって現実味を出してく人なのかなと。

・超動く家 宮内悠介

期待の新人の宮内悠介。馬鹿SFメタミステリというミステリ者が読んだらどう反応するのか気になる作品です。この人の引き出しがよくわかりません。ただ、面白いので期待してます。

・インザジェリーボール 黒羽雅人

こっちもSFミステリ。登場人物の意図をどんどん裏切っていくのは心地いい。この設定はまた利用されるのだろうか気になります。

・ふらんけんフラン 木々津克久

予想以上にSFしていてびっくりしたというのが良くない感想。

結婚前夜 三雲岳斗

小松風に言うと階梯を技術的にあげることのできるようになった世界で、進んでいく娘と残される親というものを書いたもの。
こういったテーマだと、進んでいったものはどうなるのかってのが気になってしまう。この作品では、また今の人間と同じことを繰り返すのではないかという危惧と人を信じようというところになってるけど、その先を見てみたいんだよなぁ。

・ふるさとは時遠く 大西科学

結婚前夜の世界観で隔てるものが時間の流れになった感じです。標高に時間の流れを直接的に結びつけたのはわかりやすいし面白いとおもいます。

・絵里 新井素子

今回一二を争う作品かと考えてます。物語的にも訴えかけるものもかなり鋭く仕上がってます。
狂ってるような気がするけど否定もできない。よりよい遺伝子を残すという原始的な欲求を科学が叶えていった末に失われるものを書いてます。

・良い夜を待っている 円城塔

円城さんまじ円城。
ただ読みやすいとは思います。父親のキャラクターや超記憶の解釈というテーマは魅力的です。
読んでる途中、これはクオリアの問題になるんじゃないか!?とか考えてたんですが、冷静になってみると違いますよね。

・全ての夢|果てる夢 理山貞二

創元短編の新人賞受賞作品です。先の一二を争うところの対抗馬となってます。SFファンのSFファンによるSFファンのためのSF。ということで、かなり内輪向けですがSFものにはたまらない。どこみてもSFみたいな作品です。
恐らく要素要素を切り出して独立さして考えるとちょっと・・・て思うところが出てくると思うんです。ただの詰め込みすぎの場合はまず読ませる作品までならないと思います。で考えたのが、この人は山田正紀のようなハッタリSF(褒め言葉)の才能をあるのではないかと。冒険的SFに理論がねじ込んできて飛躍と共に進んでいくというところも似てませんかね。
今後の作品にとても期待しています。

今回の新人賞はこのレベルの作品がいくつかあったということなので原色にも期待がもてます。期待の新人が多く出るというのは嬉しいですよね。SFいけるんじぇねって気持ちになりました。

俺が国家だ!

レジュメを書く時割りと感性で書いているのとあらすじなぞっちゃうのがあって公式にアップしずらい。よってこっちで晒そうという趣旨。誤字脱字は仕様

イーガンの順列。


1.著者紹介
グレッグ・イーガン(Greg Egan, 1961年8月20日– )
オーストラリア在住のSF作家。元プログラマーであり83年から専業作家として、活躍中。量子論から数学、生物系など幅広い分野を題材に複雑な構造を組み込んだ作品が特徴で、その難解さから幾人の心をへし折ってきた。また、覆面作家であり露出は雑菜への寄稿か自身のサイトで作品の解説等を発信することに留まる。人前に姿を表さないことや、あまりにも幅広い分野をカバーしていることから人工AI説、複数人説など正体が噂されている。
近頃は、とりあえず書けばなにかしらの賞がついてくるというほどの人気を誇り、日本の星雲賞だけ取り上げても、2001年に『祈りの海』、2002年に『しあわせの理由』、2003年に『ルミナス』、2010年に『暗黒整数』で星雲賞海外短編部門を、2005年に『万物理論』、2006年に『ディアスポラ』で星雲賞海外長編部門を受賞している。これは海外部門に於いては最多。


2.ストーリー
プロローグ
覚醒したポールが自身がコピーであるということに気づき発狂寸前、オリジナルポールから脱出手段を剥奪されていることも判明し、絶望するがどうしようもないので協力することにする。

・コピー技術
人の精神活動をモデル化して、仮想現実世界に走らせる技術。10億ものプロセッサで計算されるが、それでも完全なリアルタイムでの処理はできなく現実世界の17秒につき1秒の時間が流れることとなる。日常生活を営む上で大抵のことができ、生理機能などを含めコピーは人間と変わらない生活をすることが出来るが、いるものいらないものを含めてなんでもオミット可能。なにこれ便利と思うのだが、コピーの15%は自らを停止させている。特に現実世界にオリジナルが健康体で存在する場合に限っては100%である。やはり人間の体という神秘性から抜け出せないということ、終わりのない世界というものの漠然とした不安、後者の場合は今まで持っていた有機的な関係、地位などの喪失および嫉妬などがあるのではないかとは私の考え。
ついでにコピーポールは強いられていた(集中線)とはいえオリジナルとコピーが長期的同時に存在する初のケースとなる。これを鑑みると、そもそものポールの計画の見通しの甘いだけでコピーポールがヘタレではないことがわかるかもしれない。
コピーにも最低限の人権が認められているが、現実世界の人間のそれと比べると不十分であると言える。

イーガンはコピー技術をよく書いていて、万物理論(私は未読)、移相夢・ボーダーガード(しあわせの理由)などでコピー技術は登場する。移相夢と順列都市では、脳のニューロンをそのままコピーする形でつくられている。一方、ボーダーガードでは脳の代価品である宝石をデジタル化している。この宝石は脳の代価品として多くの作品に登場する。

一章 エデンの園配置
1.使途連述 二〇五〇年十一月
プログラマであるマリアの登場とオートヴァース技術の説明、そしてバタフライ計画の影。

・ラクダの目
ようするにエージェントシステムであるが、ラクダの目そのものが仕様者の個性を反映していくことに関してマリア自身が好ましいと思っていないように書かれている。

・オートヴァース
分子レベルのシミュレーターであるが、現実世界よりもその法則が簡易化されているため、厳密なシミュレーションはできない。マリアも言っているようにお金と時間の浪費として趣味の領域として見られている。七二人の研究者しかいないというところからも、廃れっぷりがわかる。
マリアが行なっているのはオートヴァース世界でのバクテリア、A・ランバートを有用な種に突然変異させることである。現実世界で起こりうるような突然変異は有用なものがあるがオートヴァース界では今まで有用な突然変異がない。そこでマリアは有用な突然変異を起こそうとするのがだ、その手法をみるにほぼ運任せに近いのではないかと思われる。

プランクダイブのクリスタルの夜に登場するビーズという技術と似ている。この技術も、シミュレーターである。異なるのはオートヴァースの最小単位は原子に相当するものであるが、こちらはビーズという比較的大きな物質単位で環境が構成される。順列では虫だけど、こっちでは蟹。しかも、自分の組成を自分で変えることのできる。

・人工生命学史
大きく三つにわかれたアプローチがされているようである。まずは正統に全ての情報をプロセッサに計算させてシミュレートするというアプローチ。これは、時代と共にコスト対成果が上がらなくなってきており下り坂。この手のアプローチは往々にして、頭打ちをくらうものである。
その点を踏まえたのがコピーであり課程をすっ飛ばして入力から結果のみをシミュレーションするもの。シミュレーションする対象については十分に把握しておく必要があるが、複数対象の相互関係を調べるのに向いていると思われる。しかし、ある入力には決まった出力を返すものであると思われるので、生物的かと言われると若干の違和感がある。
最後がオートヴァースであり、現実世界ほど複雑でもな計算が必要でなくコピーほど課程を省略しない程度に法則を与えた世界で分子レベルでシミュレーションするもの。前述のとおり研究者のほうが絶滅寸前。
こんな歴史から考えると、この世界は十分に医学は発達した世界で医学自身の発展がピークを過ぎているものだということがわかる。よって注目されているのが、医学と共に発展したシミュレーション技術の応用になっていて、それがコピーの一般利用やバタフライ計画となっている。この辺りのバックグラウンドも面白いところ。

バタフライ効果
日本でいう、風が吹いたら桶屋が儲かる理論を本気でやるとこうなる。真面目な解説をすると、ある事象は極小さい要素でも影響しうることを指している。バタフライ計画でも、その小さい要素を集めることで自然環境を制御するという形になっている。学問的にはカオス理論として数学、物理学、経済学などに応用済み。カオス理論そのものは複雑な系ももとを正せば小さい要素からなるとするものだが、これは楽観的な見方で、普通は小さい要素が複雑にからみ合って系をつくるといいシミュレーションをしようものなら大変とかいうレベルではない。
実はバタフライ計画は現実でも存在して、海中にポンプを沈めて台風の起動を逸らすなどが試みが成されている。Ross N. Hoffman(マサチューセッツ州レキシントンにある大気環境研究所(AER)の首席研究員兼研究開発担当副社長)によるとシミュレーション上ではバタフライ効果によって台風の軌道が変わることが示されているという。彼の記事を一部引用すると

将来は,太陽光発電衛星から送り出すマイクロ波ビームによって大気を加熱し,ハリケーンの温度を変更できるだろう。ハリケーンの進路に当たる海洋上に生分解性の油をまき,海面からの蒸発を抑えてハリケーンの発達をコントロールすることも考えられる。このように,いずれはハリケーンの発達に人為的に介入する具体的な道が開かれ,人命や財産を守ることが可能になるだろう。

http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0411/typhoon.html

2.使途連述 二〇五〇年十一月
ポールが外界からやってきてリーマンに金を出させる段階。ダラムのロジックを要約すると、今後急速に計算資源が必要になってくるかもしれない→コピーを養うための計算資源を超えての要求が発生する→生きている人間はコピーのことなんて知ったこっちゃない→超長寿(笑)。ということであるが、リーマンも言っているように可能性は少ない。しかし、ダラムの提案は魅力的でありホイホイ金を出すリーマンであった。

3.術と試練 二〇四五年六月
ポールが如何にしてコピーにのめり込んだかと、コピーの描写間隔を変更する実験。

・脳をモデル化したものは思考しているといえるか
ポールの言っているように不毛な議論であるので、みんな今日の夕飯とか有意義なことを考えよう。

・描写間隔の実験について
コピーのポールを二人用意する。また、このポールは冒頭に出たコピーを複製したものである。そして両方のポールに一秒ごとに数を数え上げてもらう。しかし、片方のポールの描写間隔は一方のポールより広くとる。その場合、二人のポールは同じ行動をとるかという実験。
結果としては、描写間隔をどれだけ広くしても、コピーには自覚がないということがわかる。
描写間隔というのは単位時間あたりに何回計算されるかといえる。いわばパラパラ漫画で何枚の絵を描くかで計算が多いと枚数も多い。自覚がないというのは、間隔が五千ミリ秒の段階では1から4までは数え上げた計算はされていないが5を数え上げたと計算されたポールは1から4を数え上げた記憶があるということである。まあ、5千ミリ秒後の脳状態をそのまま再現しているので当然といえば当然。

4.使途連述 二〇五〇年十一月
マリアと恋人のアデンの痴話喧嘩。技術主義と自然主義の対立で、よくこの二人やっていけたものだなというのは私の感想。ほかにA・ランバートが始めて起した有意な突然変異について。

・A・ランバートの突然変異
本来なら分解してもエネルギーとして利用できないミュートースを利用できるように変異したが、ヌートロースの分解はできなくなった。121pで2つの酵素を分解して同じ断片にしているが、これは旧ランバートがヌートロースを分解した場合と変異ランバートがミュートースを分解した場合の比較であろう。
またここで、有意な変異が起きない理由に量子力学をオミットしたことによる不確定性の欠如が挙げられているが、マリアはこれを外部的なパラメータから補ったとみていい。変異についても両方を利用できる形に進化しなかったことについても不確定性の結果だとマリア自身も結論付けた。

5.使途連述 二〇五〇年十一月
唯我論者国家たちがグロ注意だったり、密航計画をたてたり。

・唯我論者国家
自身が知覚するものが世界のすべてだとするのが、ざっくばらんな唯我論。コピーは自由に環境が設定できるので、自身の望む環境が世界そのものというスタンスをとる。人は社会と繋がっていないと生きていけない。そう思っていた時期もありましたと言わんばかり。国家というのはただ集団ということで、実際にコミュニティを形成しているわけではないとおもわれる。

6.術と試練 二〇四五年六月
コピーポールの時間をシャッフルする実験。自明の理といっているので、まあそうなるよね。コピーは10を数え上げた状態があり、その後からコピーの過去にあたる描写をしても、コピーにはわからない。

7.使途連述 二〇五〇年十一月
マリア親子による宗教感の論争。マリア母は神という概念を自由にいろんなものを見出すが、救いも求めないという機能が洗練された宗教を持っている。
ダラムからマリアへの初コンタクトもここ。


8.使途連述 二〇五〇年十一月
トマスが調べさせたポールの来歴がでてくる。また、トマスの過去についての伏線。

・気分制御パネル
感情をコントロールする技術。ピーとマリアが使用しているのは構造ごと変えてしまうものであるが、この系統の技術であろうと思われる。幸せの理由では自分の好き嫌いの度合を決めることのできる技術が登場している。


9.術と試練 二〇四五年六月
ポールの塵理論の着想。自身であることを認識するに必要なのは一貫性であるとするが、コピーポールはランダムに再生されても認識できていた。ということはコピーにとってのアイデンティティはどのようになっているか。それは因果関係は全く関係なく組み合わせである。ここで時間により変動するランダムな場を考える。この中から、規則的になるような状態を探してくれば何か作れるんではないか。というのが、ここの理論。

10.使途連述 二〇五〇年十一月
ポール「金はやる。マリア、神世界の神となれ」
マリア「なにこの人。マジ◯チ?でも、面白そうビクンビクンッ」
アデル「放置プレーなう」

11.使途連述 二〇五一年一月
ピーとケイトの密航計画とピーがコピーになった由来。

12.術と試練 二〇四五年六月
コピーポールとリアルポールによる分散処理の実験と塵理論に関しての論争。しかしながら吹っ切れたコピーポールに対してリアルポールがヘタレっぷりを発揮。コピーポールが停止される。


13.使途連述 二〇五一年二月
惑星の生成をするオートヴァースプログラムについての考察。ポールは詐欺師と主張する詐欺師捜査官がズコズコとマリア宅に潜入。あんた騙されているわよと言いつつも、確信のないものでマリアにスパイを強要する。台風のような国家権力。その話の中でポールの計画についてマリアが少し察する。

14.使途連述 二〇五一年二月
ビッチにボンボンがぞっこんでつい殺っちゃった。トマスはピーらと違って自分の思考を変更するプログラムを走らせないという主義であることがわかる。

15.使途連述 二〇五一年四月
ポール「いつから私がオリジナルだと思っていた?」
やっぱりダーティな国家権力。マリアのプログラムが完成しポールの計画の導入部分。

16.受信裂渡 二〇四五年六月
今まで全て茶番だったことが判明する。しかし、ポールは塵理論を確信し自分の体験はほかの世界線のコピーが体験したことと区別はできないとして実験に取り組むことを決意する。

・代価世界
いわゆる多元世界論。ひとりっこ、オラクルなどで多元世界論が扱われている。そちらの世界では分化する歴史は選択の分岐により作れるものとされ一般的なものである。ただし、同じ環境で同じ入力をいれた場合、必ず同じ結果が得れる素子から導かれた現実での結果は自明なため分化しないとされている。また、ありとあらゆる平行世界があるのではなく、量子的な不確定性に収まる範囲での世界が存在する。

塵理論
この辺りで確信めいた言葉が出てくる。
「〈コピー〉が、世界中に散らばった塵からそれ自身を組みあげ、宇宙各所の塵でその存在のギャップに橋をかけることができるのだとしたら」
これまでに出てきたように、コピーが停止されたとしてもコピー側から適当なパターンを見つけだし自らの存在を定義できるということを端的に書いてある。ポールはこの理論を仮定した上で、実験のデータは有意であるとした。

17.使途連述 二〇五一年四月
ポール「私は多分23人目だから・・・」
しかしながら、このポールはほかのポールの記憶があるのであしからず。その分けとしては、リアルポールがビジターとして仮想空間内に存在した時、代価世界からほかのポールがリアルポールにコピーポールの立場を提供することによって代価世界のポールの過去を共有することができる。それが連鎖することで多分23人目のポールが誕生している。

セル・オートマトン
フォンノイマンアーキテクチャとは違い、セルという最小単位に適応される簡単な規則により動作するオートマトン。もちろんフォン・ノイマンオートマトンを再現できる。この話ではVR空間と比較され整合性のあるアーキテクチャをされている。これはVR空間の計算のされ方、入力に対して行程が省略さている点を指していると考えられる。
TVCで述べられている2次元オートマトンはいわば現在の計算機。これをN次元に拡張したのがTVCで6次元空間に3次元グリッドを構成し規則として拡張を定義する。3次元上にメモリを設定する。それを十分に走らせる観測者が存在すると塵理論により無限にメモリを獲得できるということでいいんじゃね。

18.使途連述 二〇五一年五月
ピーVSピー。コピー同士の血を血を洗う争い。

19.使途連述 二〇五一年六月
マリアがスキャンするシーンに続きポールと共にTVC宇宙を走らせる。その様子が視覚的に展開される。またマリアが自分のエゴを自覚し思い悩む部分も見受けられる。マリア母はコピーとリアルは違うという主義だが、ポールはコピーも自分も同じという立場。そのなかでマリアがスキャンされることで、マリア母の言い分がわかってきたのではないだろうか。
マリアが観た夢は移相夢と言われるもので、同題の短編で扱われている。

エデンの園配置
初期状態。今回ではコピーやオートヴァースなどのもろもろのデータと六次元で拡張するTVC宇宙。流れとしては、TVC宇宙を発進、後にポールのコピーを走らせエデンの園配置にあるシミュレーションを走らせている。

エントロピー
みんな大好きエントロピー。このTVC宇宙ではエントロピーを凌駕しているので、ポール≒まどか神が成立する。

20.列瞬閉じ
ピー「試合に買ったのに勝負に負けたでござる」
そしてピーは考えるのをやめた・・・
唯我論者国家としてピーとケイトの違いとしてピーは複製を別の自分と認めるがオリジナルの唯我を貫く、ケイトは唯我という本来無二であるものの複製はつくらないこと。唯我論に対する新たに生じる矛盾点についての話。
ポール「いや全部、俺だし」

21.使途連述 二〇五一年六月
nice boat
コピーポールの死とリアルポールの死は塵理論を前提とすれば違うといえる。しかし塵理論の正当性は確かめ用がない。

22.使途連述 二〇五一年六月
トマスは自分のクローンに生身としての死を課すことで、罪の償いとし、そのクローンを新たな体にすえ変え、ポールの宇宙で新たな人生を始めさせることにする。

第二部 順列都市

23.
主にランバート人についての説明。あと発狂しかけのマリア。

ランバート
5つの節に4本の足、羽が生えている。目は2つで変わった虫っぽく見えるが胃はむき出し。雌雄はなく植物と共生するような特殊な生殖を行う。神経系は人間よりも複雑で、ほかの個体と並行処理することによりヒトより優れた知性をある。道具を使用するわけではない、加えて自然に積極的に干渉することをしないので系統だった文明はもっていないが高度な科学を有する。彼らの思考と行動と言語の機能をもっているモデル化が可能で、それによりよ証明、伝達などを行う。

24.準都市
前半はコピーとしての生活をするピーとあくまで人間のように生活するケイトの確執。後半はエリュシオン社会におけるランバート人とのファーストコンタクトの会議について。

・レペットとサンダースン
レペットはランバート人は十分な学問がある、ただし構造上頭打ちをくらう。これはランバート人にとって好ましくないことで、ヒトが真実を伝えるべきだという革新派。
サンダースンはヒトがランバート人に接触するのは、ある意味傲慢であり危険である。ランバート人がヒトというメタ存在を受け入れる立場になってから接触するべきだとう保守派。
サンダースンの理論を文化的なショックとすれば、ほとんどのファーストコンタクトもので述べられている論争を似たところに落とすことが出来る。が、後半のようにランバート人がヒト抜きで成立する整合性のあるパターンを発見してまうため結果論的には・・・。

26.
マリアが探検隊に参加、ランバート人の状況について。科学はオートヴァース界的な原子論まで至っており、宇宙論に手を伸ばし始めている。そのなかでも原子雲の解釈を始めている。しかし、原子雲、つまりはオートヴァースでのエデンの園配置であるから理論的には導かれない。よってダラム達はランバート人がヒトの存在を認めた上での探索を計画している。

27.準都市
ピー「甲虫を写生するだけの簡単なお仕事」
ピーが計算されていない時間があるということが発覚。システムとしても不具合が見られつつある。

28.
法則は可変である。オートヴァース界がエリュシオンの整合性を越え、法則のマップを変更していることがポールから伝えれられる。整合性を越えるまえにランバート人に接触するため行動を開始する。

・法則の可変性
やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。うん、「わけがわからない」って。済まない。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

順列都市ではポールが整合性という言葉を使っている。塵理論に当てはめると、ランバート人がポール各位エリュシオン人が選択するパターンよりも整合性のあるパターンを見つけ出す。すると、同じTVC宇宙にいるエリュシオンの法則がより整合性のあるものへと変わっていくというロジック。そのため、TVC宇宙がポールの手を離れ制御することができなくなる。最悪の場合、ピーのように計算が停止される。

これが、順列都市で述べられる範囲であるが、さらに上のレイヤーでこの法則の可変が起こることがルミナス、暗黒整数なので書かれている。
ということで、ここからは少し順列都市のことを頭から放り出して考えていく。

まず、数学を考える。数字は定義と証明された法則からなっている。そこで、数学をマッピングする。わかりやすいように紙上で点に命題ひとつが対応しており状態を書き込んでいく。状態は3つあり、真・偽・不確定である。不確定というのは観測されていないので収束していないということ。人類が実際に計算してきた部分をまとめると有限の領域がかける。有限であるからには、その外があるはず。そこでイーガンは外に人類が用いてきたものと別の数学の系があると考えた。(その系と違う状態を持つかもしれない)。すると、2つの系の間には境界が出来る。その境界は2つの系からみれば量子力学的な重ね合わせになり無矛盾な領域となるが、演繹の課程その領域をはみ出すと矛盾が起こる。この境界は1つの系からみると欠陥に見えるので不備と名付けられている。不備を相手の計算力を超えて押し上げたりすることで、他の系の法則を変えるという可能とされる。
これから、数学的事実に基づく真実はマップ上の場所によって決定されるといえる。
以上がちょっと簡略化したイーガンの数学の考え方で、順列都市の構造をとても似ている。ただ今回は現象を密接に関わった実世界上ではなく、どちらも仮想空間での話であるので整合性という言葉に置き換えられている。
暗黒整数では先進文化おそらく未来との不備、ルミナスでは系を都合良い形にしようという会社から守るため、先を打って不備を消そうという話。

29.
トマスは結局、罪を清算できませんでしたとさ。

30.
レペット「だめです。オートヴァース、パルス受け付けません!」
ポール「プランB・・・マクスウェルの悪魔。発進急げ」
ゼンマイスキー「やりました!成功です」
ポール「よし・・・総員第一種戦闘配備」

宇宙旅行からのランバート人との接触。TVC宇宙の成立を説明するが、彼らは無限は実際に存在することがないとして撥ね付ける。失敗に終わるだけなら良かったが法則の侵略が始まった。

ランバート人の無限
無限という概念はあるような気がするが、実在の例が一切ないので認められなかった。これは単に計算能力が非常に高いとみるべきか、彼らのモデルは即ち行動なので無限のモデルというのは、無限時間の行動を必要とするのではないかとか考える。

31.
ピー「俺が」
ピー「俺達が!」ピー「俺達が!」ピー「俺達が!」ピー「俺達が!」
ピー「国家だ!」ピー「国家だ!」ピー「国家だ!」ピー「国家だ!」ピー「国家だ!」
ケイト「はやくなんとかしないと」

32.
侵食から逃れるため新たなエデンの園配置を作成し発進させるが、トマスが究極の引きこもりになっていたため発進に間に合わないポールとマリア。そこでマリアが一人でエデンの園配置に入ることを提案するがマリアの抵抗にあい死ぬつもりだったポールもついていくことになる。
ポール「私は多分25人目だから・・・」

エピローグ
使途連述 二〇五二年十一月
錯覚の壁に花を供えるマリア


おまけ
イーガンといったアイデンティティの問題を書かずにはいられないと言われるほどのアイデンティティ好き。なので、登場人物のアイデンティティの推移をみてみよう。

全ての始まり ポール・ダラム
コピーポールはコピーという自分の本体が生きているが、自分はもとの環境とコンタクトを取ることも自由に出来ない環境に生きる意味をなくし脱出を繰り返す。
ビジターの間に複数存在する自分に直面し人生を複数回体験することになりながらも塵理論を仮定することで、自身の整合性を保つと共に塵理論の証明がアイデンティティとなる。リアルでは目的を果した後に自殺。エリュシオンに移ってからは見守る立場として過ごしてきたが、エリュシオンの崩壊に直面し間接的な自殺をし新しい人生をはじめる。

ランバート人創造の神 マリア・デリカ
割りと普通に生きてきた人。母の病から母の意志に反してコピーを作ろうとしていた。ポールとの接触を経て、それはエゴであると気付くも捨て切れない。
エリュシオンに移ってから、コピー特有のアイデンティティの喪失にあうがランバート人接触という好奇心を見出す。

敬虔なる信者 マリア母
何も変えない神の教会の信者で、いちばん上手く付き合っている人ではないかと。
コピーをつくっても、それはリアルの私とは違うので意味が無いと最初に言いのけた人。この作品で珍しい立場である。神は何も変えないという主義であるが神を機能としてみた時の最小限のものでアイデンティティを保っている。

矛盾する殺人者 トマス
過去に殺してしまった愛人の罪を抱えているが、その罪こそが今の自分のアイデンティティだとわかっている。そのためコピーになり記憶を消す、罪の意識を消すといった手段があるにも関わらず、自分でなくなる気がすると感じ処置しない。しかし、罪からは解放されたいという矛盾から、生身の自分を罪の象徴として死を見届けることで、解放されようとするが失敗。のちに、仮想空間上で死を経験させ罪を払わせたクローンを新たなクローンに載せ替えエリュシオンに送り込む。これで、クローンには新しい人生を遅らせられると思っていた。しかし、これも失敗し永遠を手にしたクローンは罪から解放されることなく逆に永遠に罰を受けることを選んだようである。

俺たちが国家だ! ピー
コピーになるまではロッククラムが好きな学生で将来にも期待していた。しかし事故とそれにまつわる不幸で劣悪な環境で走らされるコピーになる。その落差に加えてコピーという不安定な状況に脱出を考えるがケイトから脳の機能をいじることを薦められ、アイデンティティを機械になげ編集することを決意する。それから究極の唯我論者の名に恥じぬように外部からの干渉はケイトのみとし、自身に向いた環境をデザインし引きこもる。自身のクローンを創った時でさえ。お互いの干渉を最小限にし、それぞれを別ものと判断する徹底ぶり。さらにケイトがいなくなった後は永遠に引きこもる。
エリュシオンに向かったほうは自身のアイデンティティそのものを定期的に変更し引きこもるという方法を確立する。しかし、ランバート人の侵略によりバグが出てくる。その時それぞれの自分が自分でないような感覚に囚われる。ケイトと完全に二人っきりになった時に覚醒し、アイデンティティを様々に変えられるのがアイデンティティだという結論に到達。俺たちが国家だ!を体現しようとする。

ケイト


感想
まず、この作品を読み終えた人に賞賛と感謝の意を。これを面白いとするなら短編はもっと面白いはずだ。私は短篇集はTAP以外、長編は之のみのイーガン読みですが、順列都市という作品はイーガンのアイデアのごった煮であると思っています。このなかに詰まったアイデアは短編から吸い上げられたり切りとられたりして形を変えて書かれている。そんな意味では初心者向けかもしれません。
前半と後半でがらっと話が変わるところに追いつかない人もいるかと思いますが、細かい部分を抜き取ると興味深いテーマが見えてくる作品でした。何が言いたいかというとレジュメつらい。

階梯を進む先

ジュピター小松こと小松左京ですが、誠に残念なことですが去年になくなってしまいました。SF研でも追悼せねばなるまいといことで、私が果しなき流れの果にのレジュメを任されました。ついさっき出来たところです。もともと読んでいましたし、好きな作品であったので苦はなく書けました。

果しなき流れの果に (ハルキ文庫)

果しなき流れの果に (ハルキ文庫)

ということで雑感とこちらにも。

ひとことで言うと卑怯な小説ではないかと思っています。片端から集めてきたSF的なガジェット、哲学的な思考に思想、世界を夢見る情熱がこもった叙情的な文章、まさに日本人ごのみであると言える着地点といったあるとあらゆる要素が詰めこれています。それは、これだけ詰め込んだらどれかには引っかかることでしょう。読めばこれはやられたと頭を抱えること必須。

階梯のあたり若干不可解なところがありますが、勢いがあるので気にはならない。解釈できなくもないですし。

とても惜しい人であったと思いますが、彼が貪欲に望んだ未来を継ぐ人たちはいるでしょう。ご冥福をお祈りして筆をおきます。

マッチの持ち込みは銃殺刑となっています

新年ですか。そうですね。あけましておめでとうございます。今年は忙しくなる予感しか無いですと予防線。

去年のまとめとしてさらっと振り返ると、伊藤計劃以後という話になる。私が伊藤計劃をまじめに読んだのは一昨年か、もう一年前かに虐殺器官を合宿の課題で。その後、やはり読まねばいけないかと思いハーモニーに手をつけたのは去年でした。彼が突きつけたのは人と動物、精神の意義とそんなところを理詰め書いていった結果、あの結末が見えてしまった。かなり説得力があるものでした。私の中では壮大な子供喧嘩で落ち着いていますけども。
ま、そこではなくて人間において精神は効率的とし管理統制されたものになってしまったという結末があるということ。
これにアンサーとして瀬名秀明が希望を書いた。シンパシーエンパシーコンパッションという要素、取り立ててエンパシーというところに希望を見出した。
また、船戸一人のリビングオブ・ザ・デッドも伊藤計劃を意識した作品です。可能な限り個性を求めるた場合にどうなるか。人は社会に生きているものであるという、現代社会には当たり前なことを踏まえ、その問題に解決を図っている。
と、伊藤計劃の影響が見えた一年でした。

読み物しか言ってないけどいいよね。

ユザーンタ

クリスマスというやつです。私はぼっちでしたが http://www.diystars.net/hearts/tour.html に行って来ました。今年二回目の七尾旅人とユザーン。

場所も一風変わって礼拝堂にて。この礼拝堂がまた立派なもので、音がよく響く。逆に響きすぎてMCが聞こえないくらい。セットリストは大体ARABAKIと同じような感じ。圏内の歌。どんどん季節は流れてからRollin' Rollin'。それに合間合間に作った歌。で少し違ったのがレイハラカミの曲やったこと。私としてはとても嬉しかった。やっぱりレイハラカミと演奏しますと言い切ってくれた。大きい存在だったんだな。

時期が時期だからクリスマスソングも多かったな。大分アレンジされてたけど旅人らしかったよ。

女神の玉座

ちょっと書きたくなったので、先のように概ね満足のストーリーだけどひとつわからないのが混沌の心臓の周り。

混沌の心臓を持つカイアスは同じ守護者であるノエルでないと殺すことはできない。

というのが一つの設定であった。また守護者は代々混沌の力を継いでいくというのもある。カイアス自身は前任者を倒してこの力を得たらしいが、資料の中にはカイアス個人に向けてエトロが贈ったものであるされている。まずここの辻褄を合わせるようにすると、カイアスが嘘をついている。また、カイアスというのはユールのように普遍的な名詞であるか。パラドクスエンドで混沌の力を継いだノエルがカイアスの記憶を同時に継いでいたことを考えると否定もできない。

まあ、そこが言いたいんじゃないんだ。混沌の心臓がエトロの分身で、この心臓が止まるとエトロも死ぬ。セラがカイアスを倒した場合にはあのEDは納得できる。エトロそのものが消滅してしまうはず。でも、ノエルが止めを刺してるんだよね。そうすればカイアスは死ぬ。ここまではいい。ただ、混沌の心臓が止まっちゃダメだろうと。システム上、混沌の力が継がれるべきであるはず。逆にそうしないと女神エトロ(笑)の永遠の命とか、ザルシステムとか言われかねない。合理的な説明ができないわけでもないんだけどさ。一応、本命はノエルが守護者ではなくなったということ。しかし、それだとカイアスには止めをさせない。正確に言うならユールの守護者ではなくなったということで、セラの守護者であるから混沌の力の継承権を消失したが、カイアスと同等の立場のため止めをさせたというもの。

いや、こりゃ強引だ。同じ混沌のしもべなんだから継承しろよ。仮にエトロが闇を封じていて弱っていたからという身も蓋もない話しだとしても、のちに空いた玉座を争うということはポストエトロが誕生するということで、エトロの力がどこかに収まると考えるのが自然だし、EDのようにライトニングに任せるか他のしもべに継がせるよね。やっぱり女神エトロはザルだったのか。

あと、スノウのルシの刻印も完全にスルーだけど次に持ち越しですか。どうせなら、13のクリスタルを巡る物語のが興味あるんですけど。

果し無き13の果

まあ、忙しかったんですよ。色々と、配属とかも決まって。ここは私の倉庫なのでまた少し書きますかね。

ここ数日は、FF13-2をバリバリやって、さきほどシークレットエンディングを観たところです。なのでネタバレありの感想を書こうかと。

まず前作FF13に対する私のスタンスから。世間一般駄作といわれてますが私は評価しています。あの戦闘システムはATBの極致で、スピード感のあるバトルを詰め将棋的に組み立てていくというスタイルには心底感心したものです。ですので成長の上限も万々歳、戦闘後の全回復もバトルの負担を考えたら当然だと思っています。

とこんなところ。求くんのストーリーは突っ込むという以前のわからないという物なので割愛。

で13-2ではどうなったか。大きく変わったのが戦闘バランスでしょうか。大分軟化していると感じます。レベル上限がない、仲間システムの導入により、前作のスポーツのようなバトルからよりRPGらしいところに楽しさを求めるところに転換が図られている。私としては若干残念ではあったんですが、私情を鑑みてもシステム自体はよく出来ています。大量の仲間を作りながら物語が進んでいくのは、やはり楽しいですからね。あと、強いラスボスというのも久々だったなと。

そして前作で好評だった浜渦正志のクラシック風ハウスの楽曲。今回はどうやら3人の作曲家でやっているみたいですね。前作のイメージを壊さないように気を使ってるのはわかりますが、やっぱり比べると落ちちゃうんじゃないかな。ちょっと過ぎたという感じ。

お待ちかねのストーリー。私はSFものなのでタイムトラベルと聞くと心躍るわけです。それなりにうるさいのです。しかも、今回のストーリー、避けて進む人もいるタイムパラドックスを真っ向から扱っているではないですか。さてどう料理するのかと思ったいたところ、なるほど面白いやり方だった。
普通はフレキシブルに時をかけることが出来るということになると、イタチごっこになるのが常です。今回は時間のメタ存在であるエトロ、混沌、広義でユール以外にはカイアスと主人公二人と前作組がいる。そしてメタ存在は直接時間には干渉しないので、堂々周りになるのかと思いきや、ヴァルハラという特異点を置くことで、それを防止している。つまり、ヴァルハラで起こったとこは全て確定された事実として存在するため、それにまつわる要因を確固としてものに出来る。この論理でいくと、ヴァルハラに居るライトニングは歴史を変えても過去には帰ってこないとこになるのだけど、実際に返ってきてないしよしんば帰ってきたとしてもAF500のアカデミアになる。それは、カイアスが時間に干渉して出来た世界であることは間違いないので、おおよそ正しい理論になるんじゃないかな。
この時間に関するところ以外にもSF的な要素がいくつもあったのも面白かった。アガティスタワーでの人工知能と人間の戦い、アカデミアの絵に描いたような未来都市。人間の集合的無意識ともいえるヴァルハラとかとか。

ここまではガジェットの話。内容に入っていくと、よく13のストーリーからここまで膨らませたなというのが本音。確かに時間ものは過去の設定とか事実を改変してもいいので、当然なのかもしれないけど、実際に形に仕上げてしまうのはなかなかできない。今回は突拍子も無い展開はパラドクスエンディングにしかないし、基本的には伏線を張って説明も加えている。結末については、賛否あるかもしれないけど、時間物って大体パッピーエンドにならないからね。それよりも、To be continueの方が恐ろしいでしょう。いや、あれで終わりでいいじゃん。時間物からどこに行くんだよ。

まとめますとシークレットエンディングを除いては大満足ということで、ひとつ。前作はRPGらしい部分をほとんど削いだ作品だったのを正統派のRPGに仕上げたのがこの作品。システムだけは一級だったので、ちゃんと作れば面白い。そんな作品。